平成20年11月01日号
正直
めでたいしるしやきざしである瑞相(ずいそう)・瑞兆(ずいちょう)は、どうでもよい小事にはおこらず、大事におこる。大事には小瑞(しょうずい)はなく、大瑞(だいずい)があらわれるのである。
一方、小を捨てて大に就くべきであり、小を忍びずば大謀(だいぼう)は無理なこと。大悪の興起(こうき)は大善興起の大瑞と思うべきである。大悪の根源、法華経誹謗(ひぼう)の大謗法(だいほうぼう)が国土に充満している事実は、大正法たる法華経信仰が流布する大瑞相でありその明証(みょうしょう)である。
「魔競わずは正法と知るべからず」なのだから、眼前の大悪は悲歎すべきではなく、逆に喜びである。「舞(まい)をも舞(まい)ぬべし、立(たち)て踊りぬべし」といって弾圧下の門弟を日蓮聖人は鼓舞するのであった。

私達は生きていて様々な困難や壁にぶち当たります。そして、理想と現実のギャップに落胆します。そんな時、あなたはどうしますか。長い物に巻かれますか、それとも自分の信念を貫きますか。
今の日本は、「正直者は馬鹿を見る」ような社会になっています。長い物に巻かれず、日蓮聖人のように強い意志(信仰)のもとで生き抜きましょう。
大善大悪御書

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